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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)144号 判決

原告

アメリカン テレフオンアンド テレグラフ カンパニー

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和59年審判第22282号事件について昭和61年1月14日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者双方の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

出願人 原告

出願日 昭和51年10月21日(昭和51年特許願第125576号)

優先権 1975年(昭和50年)10月23日アメリカ合衆国特許出願

発明の名称 光フアイバの製造方法(後に「光フアイバの形成方法」と訂正)

拒絶査定 昭和59年8月1日

審判請求 同年12月10日(同年審判第22282号)

請求不成立審決 昭和61年1月14日

二  本願発明の要旨

部材を軸の回りに回転させる工程と、

バーナーの炎によつて形成された霧状原料を該回転している部材に向けて該霧状原料を収集し、該霧状原料を含む体部を形成する工程と、

該収集された霧状原料を固化して無孔質ガラス体を形成する工程と、

該無孔質体から光フアイバを引き抜く工程と

を含む光フアイバの形成方法において、該霧状原料を該回転部材上に軸方向に収集することを特徴とする光フアイバの形成方法。

(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載(特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりである。

2  特開昭50―28846号公開特許公報(昭和48年7月16日出願)(第一引用例)(甲第五号証)(別紙図面(二)参照)、特開昭50―102610号公開特許公報(昭和49年1月17日出願)(第二引用例)(甲第六号証)(別紙図面(三)参照)の記載

軸の回りに回転する部材の軸方向に光フアイバ原料として無孔質透明ガラス及び多孔質スート(本願発明の霧状原料)を堆積させる方法(第一及び第二引用例)並びに右原料形成の熱源としてプラズマトーチ(第一及び第二引用例)のほか、酸水素バーナー(第一引用例の実施例2)及びガスバーナー(第二引用例の三頁左上欄一四行ないし一五行)も使用できる。

3  前記2の第一及び第二引用例の記載によれば、本願発明において特徴点とされている「霧状原料(すなわち、バーナーの炎によつて形成された霧状原料)を回転部材の軸方向に収集する」構成(以下「軸方向スート堆積構成」という。)は、本願出願前において公知であるということができる。

4  そうしてみると、本願発明は、第一、第二引用例に挙げられている酸水素バーナーやガスバーナーを用いて具体的に光フアイバの霧状原料を回転部材上の軸方向に堆積(収集)させるだけのものにすぎず、各引用例の記載から容易に考えられる程度のものにすぎない。

請求人(原告)は、各引用例の熱源はプラズマトーチであり、プラズマによつて生じるものは溶融ガラス体であるから、バーナーの炎によつて霧状原料を形成せしめるという本願発明を容易に考えつくことができないと主張するが、右主張は採用できない。

第三  争点に対する判断

一  原告は、審決の理由の要点1を認め、2のうち多孔質スート(以下「スート」という。)堆積の点を否認し、その余を認め、同3、4を否認し、後記被告の主張を否認した。

被告は、第一引用例において酸水素バーナーを使用した場合(実施例2)及び第二引用例においてガスバーナーを使用した場合には、本願発明同様堆積物としてスートが生ずる旨主張した(このほか、被告は、第一及び第二引用例においてスート堆積が生じないとした場合の仮定的な主張もしているが、この点は後にふれる。)。

そうすると、両引用例の光フアイバ形成法において、光フアイバ原料のひとつである無孔質透明ガラス(以下「ガラス」という。)を本願発明同様軸の回りに回転する部材の軸方向に堆積してプレフオームを形成する方法が示されていること及び原料生成の熱源としてプラズマトーチを使用する場合にはガラスが堆積され、スートが堆積されないことは当事者間に争いがないから、本件の争点は、先ず、第一引用例において酸水素バーナーを使用した場合及び第二引用例においてガスバーナーを使用した場合に本願発明同様スートが軸方向に堆積するか否か、換言すれば、本願発明の軸方向スート堆積構成が第一及び第二引用例により本願出願前公知であるとの審決の判断(審決の理由の要点3)の当否にある。そこで、この点について検討する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

二  本願発明及び第一、第二引用例記載の発明の特徴

1  甲第二、第三号証によれば、本願発明は、屈折率が段階状に分離された光フアイバの引抜きが可能なプレフオームの形成に関するものであること、光フアイバとして使用するガラスフアイバの特性としては、光損失の低いものであることが必要であり、その製法のひとつとしてスート蒸着法が知られているが、この方法はフアイバを引抜くプレフオームの形成に心棒等の支持体を用い、プレフオーム軸に垂直な方向に沿つて原料を蒸着(心棒上への半径方向のスート堆積)し、フアイバを引抜く前にプレフオームの空洞を潰すものであつて、原料の変化も軸方向の分離の度合いも炎の広がりと霧の流れにより制限され、軸方向に生成される屈折率の段差に制限があること、本願発明は、かかる制限を解決するため、特許請求の範囲記載の構成を採択したものであるが、その特徴は、フアイバを引抜くプレフオームの形成を、従来のスート蒸着法とは異なり、心棒等の支持体を用いることなく、スートを回転している部材上に軸方向に収集、すなわちプレフオーム軸に平行に堆積することにより行うことにあるが、本願発明では、これをガラス化するための固化工程、すなわちこれを「固化して無孔質ガラス体を形成する工程」をも特許請求の範囲としていること、本願発明は特許請求の範囲記載の構成を採択したことにより、軸方向への屈折率の段差の制限が除かれ、屈折率が軸方向に急激な段差を持つものの製造が可能となつたこと、プレフオーム形成に当たり、支持体(心棒或はガラス管)を用いないため、支持体除去の工程を要しないこと、空洞のないプレフオームが形成されるため、フアイバの引抜き前にプレフオームの空洞を潰す必要がないことの諸効果を奏するものであることが認められる。

2  甲第五号証によれば、第一引用例記載の発明は、高い屈折率の芯ガラスと低い屈折率の被覆ガラスからなる光フアイバの製造に関するものであること、従来かかる光フアイバは、屈折率の高いガラス棒を屈折率の低いガラス管に挿入することにより製造されていたが、この方法で作られたガラスは、着色の中心となる遷移金属酸化物を多く含み、光の吸収損失を大きくする欠点があつたこと、この点を解決するため、酸化チタン等の修飾酸化物が加えられたガラスを使用する方法が採られたが、この方法でも紡糸工程でガラス中の修飾酸化物が着色し、光の吸収損失が生じたこと、第一引用例記載の光フアイバはかかる着色の原因となる酸化物を使用せず、これに代えて四塩化けい素(SiCl4)と四塩化ゲルマニウム(GeCl4)を用い、酸化けい素(SiO2)と酸化ゲルマニウム(GeO2)からなる二成分系ガラスの芯ガラスとこれを被覆するガラスを形成する点に特徴があり、具体的には、芯ガラスは、石英棒の先端に軸方向にガラス化して堆積されるものであることが認められる。

3  甲第六号証によれば、第二引用例記載の発明は、連続的な所望の屈折率プロフイール(半径方向の屈折率分布)を有するガラス素材を形成する光伝送体用素材の製法に関するものであること、光学繊維は、一般に光を伝送する中心軸付近が外周表面に比し高屈折率物質で形成され、光伝送路となる芯を低屈折率物質の鞘中に挿入したような構造となつており、したがつて、半径方向の屈折率分布は多少とも段階状をなす傾向にあるが、屈折率分布に不連続があると光の収束性が低下すること、第二引用例発明の記載はかかる欠点の改善を意図するもので、ガラス形成材料と屈折率制御用の添加剤とをキヤリアガス中に混合分散させた状態で加熱炉内に噴出して溶融状態で下方の受け台に堆積させ、その受け台を水平面内で運動させるとともに、キヤリアガス内でのガラス形成材料と添加剤との割合比を変化させるものであること、このように第二引用例のガラス素材は、受け台に落下堆積し、軸方向に沿つて形成されるが、溶融状態で落下するのであるから、堆積されるのはガラスであることが認められる。

三1  光フアイバとなるガラスフアイバ形成において、バーナーを使用する場合、堆積物端部表面温度に依存して、堆積物がガラスになつたり(高温の場合)、スートとなつたりすること、スートの場合、光損失をもたらす水酸基が含まれているため、これを除去する工程とその後スートをガラス化する固化工程が必要であることについては、当事者間に争いがない。そして、スートを軸方向に堆積させる本願発明においては、スートをガラス化するための固化工程を特許請求の範囲としていることは前記のとおりである。

2  甲第五号証によれば、第一引用例の実施例1はプラズマトーチによる方法であるから、当然のことながらその場合には水酸基の含まれないガラスが直接形成される。同じく、甲第五号証によれば、第一引用例は酸水素ガスバーナーによる実施例2について、「高純度BiO2―GeO2系ガラスはプラズマトーチを用いないで、酸水素炎中でも合成することができる。」(二頁右下欄二行ないし四行)との書出しのもとに、第4図によりその製法を説明(二頁右下欄四行ないし一二行)しているが、被告も認めるようにスート堆積及びその場合に必要な固化工程のいずれについても明示的な記載は全くないことが認められる。また、甲第六号証によれば、第二引用例は、第一引用例同様水酸基の含まれないガラスが直接形成されるプラズマトーチによる実施例の説明に多くを費いやし(二頁左上欄一〇行ないし右下欄末行)、ガスバーナーに関しては「加熱手段としてはプラズマ炉に限らず電気抵抗加熱炉又はガスバーナーを用いてもよい。」(三頁左上欄一四行ないし一五行)と僅かに二行記載しているのみで、被告も認めるようにスート堆積及びその場合に必要な固化工程のいずれについても明示的な記載は全くないことが認められる。

3  ところで、前記のとおり、バーナーによる光フアイバの原料であるガラスフアイバ形成方法として、ガラスを直接形成させる方法とスート形成後固化工程を経てガラス化する方法があつて、第一引用例の実施例1及び第二引用例のプラズマトーチの実施例は前者の方法であることを明示しているのに対し、第一引用例の実施例2及び第二引用例のガスバーナーの使用についてスートの堆積及びこれに伴う固化工程に関する明示的な記載は全くないこと、右の二つの方法は、別個のもので、当然に後者が前者に代り得るものと認めるに足りる証拠もないこと、第一引用例記載の発明の技術課題が遷移金属酸化物による光の吸収損失改善にあり、第二引用例記載の発明の技術課題が半径方向の屈折率分布の不連続性に起因する光の収束性の低下の改善にあることを勘案し、かつ両引用例にはスート堆積の際に固化に先立ち行われる水酸基除去に関しても全く記載のないことを併せ考えれば、第一引用例の実施例2及び第二引用例のガスバーナーの記載をもつてスート堆積を示すものと認めることは困難であるというべきである。むしろ、当業者は、右記載がいずれもガラスを直接形成するプラズマトーチの実施例と併記されているうえ、第一引用例が実施例2によるガラスフアイバ形成に関し、冒頭に「高純度SiO2―GeO2系ガラスは……」と記載しているところからみて、同実施例が固化工程を要しないガラスを直接形成する方法を示しているものと認識し、また、第二引用例のガスバーナー使用に関する記載がプラズマトーチの実施例と比べ極めて簡略であることから、やはりガラスを直接形成する方法を示しているものと認識するものと解するのが自然である。

4  そうであれば、本願発明の軸方向スート堆積構成が第一及び第二引用例により公知であるとの審決の判断は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

四1  争点に関する被告の主張は要するに次のとおりである。

(一) (イ)第一及び第二引用例出願前において、酸水素バーナーやガスバーナーを使用する公知の光フアイバ原料の製造においては、そのほとんどが一旦スート状の堆積物を形成していた。(ロ)スート状堆積物を得た以上、ガラス化するためこれを固化工程に付するのが当業者にとつて必然的な常套手段であつた。(ハ)したがつて、第一及び第二引用例に固化工程の記載がなくても、第一引用例の実施例2の酸水素バーナー、第二引用例のガスバーナーの場合にはスートが堆積されているといえる。

(二) 仮に第一引用例の酸水素バーナー及び第二引用例のガスバーナーを使用する場合、原告主張のようにスートではなく、ガラスの堆積物を得ていると解しても、酸水素バーナー又はガスバーナーを使用してスートを支持体の半径方向に堆積させてプレフオームを形成する方法(この方法は本願明細書にも従来技術として記載されている。)は周知であつたから、軸方向に光フアイバ原料としてガラスを堆積させる第一及び第二引用例の方法を実施するに当たり、ガラスに代えて本願発明のようにスートを堆積させるようにすることは、当業者が格別の創意工夫を要するものではない。以上の点は審決の判断にも示されている(なお、第一及び第二引用例にスート堆積が開示されていないとした場合についての判断が審理に示されていないのであれば、当審において右の点を主張し、判断を求めるものではない。)。

2  1(一)の主張について

しかし、問題はそのような一般論ではなく、第一引用例の酸水素バーナー、第二引用例におけるガスバーナーにおいてスートが堆積するか否かであり、各引用例に即して検討すれば、この点を否定せざるを得ないことは、前記三に説示したとおりである。甲第一〇号証によれば、昭和48年7月当時、光フアイバの製造において、酸水素バーナーによるガラス堆積が行われていたことが認められ、甲第一二、第一三号証によれば、昭和49年8月当時及び昭和51年8月当時においても、酸水素バーナーによるガラス堆積の方法が技術的に意味あるものとされていたことが認められるから、第一及び第二引用例記載の発明の特許出願がされた昭和48、9年当時光フアイバ原料の製造において酸水素バーナーやガスバーナーを使用しているからといつて直ちにスートが堆積されているものと推認することはできず、被告提出の乙第一、第二号証も右の推認を裏付けるに十分なものではなく、他にこの点に関する被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

3  1(二)の主張について

被告主張の点は、本願の帰すうにも関わる技術的事項を含むものと解されるが、原告はこの点の判断が審決に示されていることを争い、甲第一号証を精査するも、審決は、第一引用例の酸水素バーナー及び第二引用例のガスバーナーによりスートが堆積されるとの前提で、右両引用例に基づいて判断したもので、被告が主張するようなスートが堆積されないことを仮定した容易推考の認定判断が審決において示されているものとは到底認めることはできない。すなわち、第一及び第二引用例においてスートが堆積されていないとすれば、この点が本願発明と両引用例の相違点となるから、スート堆積に関する別個の公知例を示したうえで、両引用例記載の発明からの容易推考性についての判断をすることが必要であるのに、審決はそのような公知例を示した判断を全くしていないことは甲第一号証により明らかである。被告は右の点の公知例として本願明細書に従来技術として記載されている半径方向のスート堆積法を指摘するが、審決がこれを公知例として示して容易推考の判断をしているわけでもない。甲第一号証によれば、審決はその結論において本願発明の進歩性を否定しているが、その記載は簡略であり、これをもつて審決が被告主張のような容易推考の判断をしたものと解することはできない。

したがつて、被告が主張するような第一及び第二引用例にスートが堆積されないとした場合における本願発明の容易推考性について、審決は判断を示しておらず(この場合、被告もこの点に関する容易推考の主張を本訴においてするものでないことを自陳している。)、右の点は本訴の審理範囲外であるといわざるを得ない。

第四  以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 裁判官 杉本正樹)

〈以下省略〉

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